おくたまコーチング・てっつーの、本当の自分と出会うブログ

奥魂(おくたま)と繋がる/奥多摩在住パーソナルコーチ松本哲明(てっつー)の公式ブログです。コーチングやイベントの情報、奥多摩での生活の様子などを徒然と綴っています。

心に巣食う「尋問者」の存在を発見/自己開示ブログ史上、最大級のインパクト(本人比)(15th blog in Jan.)

当ブログにお越しくださり

有り難うございます!

 

おくたま(奥魂)の望む

生き方に臨む。

 

奥多摩在住パーソナルコーチ

松本哲明(てっつー)です。

 

 

このブログを日々綴っているのは、

自分自身と向き合った足跡を残すことが

大きな目的の一つ。

 

それも、この春には2年を迎えます。

 

このところは、そういった記事を

書く機会も減ってきました。

 

その代わりというか分かりませんが、

一つの動きがあると、今までになく

大きなインパクトを残すように

なってきました。

 

今回の内容は、僕の中では最大級に

インパクトが大きいです。

 

 

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人は誰しも心に闇がある

人間の心というか魂というものが、

仮に100%健全であれば、私たちが

考える神や聖者の様な存在になれます。

 

ところが、実際には、そんな人は

基本的にはおらず、何かしらの

傷なり闇を抱えています。

 

傷や闇を抱えているのが「人間」である

とも言えます。

 

 

今回、出てきたのは、僕の、

そんな闇の中でも、かなり古くて

質の悪いものです。

 

 

それは「尋問者」とも言えるもの。

 

 

これは子供の時の家庭環境によって

培われるものだから、古いし、

それだけに質が悪いのです。

 

 

 

 

「尋問者」の働き

「尋問者」は、僕自身も無自覚に、

相手から問題点を見つけ、

それを暗に指摘するんです。

 

その結果、相手の方には

「自分が悪いんだ」と

罪悪感などを植えつけます。

 

 

僕自身は、全くその意図は無いのは

本当に厄介なやつです。

 

手の施しようが無い。

 

 

さて、罪悪感を植え付けることで、

僕にはメリットがあったんです。

 

 

相手のエネルギーを奪えること。

 

 

僕が相手の間違いを指摘する。

   ↓

それによって

相手が罪悪感を覚えたり、

自己否定が起きて落ち込む。

   ↓

それによって、相手の持つ

エネルギーが僕のほうに

入ってくる。

 

ニュアンスとしては「奪う」の

ほうが的を射ていると思います。

 

 

勿論、本質的には、

全くもってメリットではないです。

 

でも、こうすることによって、

相手より優位に立つことができ、

言ってみれば、自分の分の

エネルギーを守ることができるし、

相手のエネルギーも手に入る。

 

 

まぁ、正義の名の下に、相手を打ち負かす

ようなものです。

 

相手をマウントすることで

優越感が得られるというか。

 

 

それを、一見すると穏やかな

雰囲氣というか在り方の中で

行っていました。

 

 

 

 

慈善の策として

無自覚だったと書きましたが、でも

どこかで違和感を感じていたところが

あったのも事実。

 

 

実際の僕と会ったことがある方は

分かると思いますが、

僕って、どちらかというと

人と距離を置くタイプです。

 

一歩下がるというか。

 

 

個性認識学(四魂の窓)の

タイプ的に見ても、

僕は、それが自然というか

自分らしい在り方です。

 

 

それと同時に、この「尋問者」の毒牙?

が及ばないようにと、慈善の策的に

生み出したのが、この性格・性質だった

という側面もあると分析しています。

 

 

ある程度、距離を置ける関係であれば、

これは一定の効果があります。

 

でも、家族とかパートナーになると、

そうはいきません。

 

強烈にその「毒牙」を向けていたのでは

ないかと思います。

 

 

 

 

間違った前提

これは子供の時の家庭などでの状況で

当時の自分が「生き残るために」

編み出した生き方の戦法です。

 

アーリートラウマとか

インナーチャイルドといったような

ものに近いです。

 

 

でも、これには、そもそも間違った

前提があったことが問題なのです。

 

 

 

 

エネルギーは有限という誤解

エネルギーは有限であるという視点

 

その前提が、おかしくさせるのです。

 

 

ここでいう「エネルギー」というのは、

もちろん、電力などのエネルギーではなく、

東洋の「氣」の概念のようなものです。

 

生命エネルギーというか。

 

 

それが有限であるという前提があるから、

「尋問者」という、生き残るための

戦術を編み出したのです。

 

 

人から奪うしかないと感じてしまう。

 

 

 

 

奥多摩の自然が正してくれた

これを教えてくれたのは、

きっかけはある本です。

(改めて、ご紹介します。)

 

 

でも本質的には奥多摩の自然が

僕の間違いを教えてくれた

感じています。

 

 

奥多摩の自然には、今回、

書いている意味での「エネルギー」が、

本当にふんだんにあります。

 

 

そのエネルギーと繋がることで、

先ほど述べたような戦術を

採らなくても良くなってきた。

 

だから、尋問者の姿が

明らかになったのだと

感じています。

 

 

 

 

尋問者を手放したギフト

それと共に、人から奪った

エネルギーというのは、

実は僕自身にとっても、

決して氣持ちの良いものとは

言えません。

 

 

もっと悪いことに、

この類いのエネルギーは

私たちの人生の前進を阻みます。

 

 

そして、今回、尋問者を手放そうと

動き出すに従って感じている変化。

 

 

すごくエネルギッシュというか、

クリアになるというか、

楽になるというか、

解放感というか。

 

 

要は、心地良いエネルギーが

入ってくるのを体感しています。

 

 

尋問者を手放したギフトです。

 

 

 

 

最後に

僕の心の悪い癖「尋問者」に

氣付き、それを手放すプロセスに

入りました。

 

その中で起き始めている

変化について書きました。

 

この「尋問者」などの姿を

捉えられると、人生の目的や

使命なんてものが見えてきますよ。

 

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